白楽天 『歯落辞』 冒頭部分

歯落辞あわせて序

開成二年、 予 ( よ ) 春秋六十六、 瘠黒衰 ( せきこくすい ) 白 ( はく ) 、老状具す。しかし、 双歯 ( そうし ) また 堕 ( お ) つ。 慨然 ( がいぜん ) として感歎すること 久 ( しばらく ) す。よりて歯落辞を 為 ( つく ) り、もって自らを広くす。その辞にいわく。

ああ双歯 吾の之を有りせしより

なんじをして 肉を 嚼 ( か ) み、 蔬 ( そ ) を 咀 ( くら ) ひ、

杯 ( さかずき ) を含み、水に 漱 ( そそ ) がしめ、

吾が 膚 ( ひ ) 革 ( かく ) を豊かにして、

吾が 血 ( けつ ) 髄 ( ずい ) を 滋 ( うるほ ) せり

幼 ( おさなき ) より老に 逮 ( およ ) ぶまで勤むること 亦 ( また ) 至れり

幸に 輔車 ( ほしゃ ) あり、 ? 齶 ( ぎんがく ) 無きに非ざれども

なんすれど我を捨て、 一旦 ( いったん ) 双 ( ふたつ ) ながら 落つる

歯は情無しと 雖 ( いえ ) ども、吾にあに無情なからんや

(齒雖無情 吾豈無情)

老いて歯と別れ、歯は 涕 ( なみだ ) にしたがっておつ。 以下略・・・

(老與齒別 齒隨涕零)

このように白氏は歯が落ち、老の深まる淋しさを詩に託している。

歯の風俗誌 長谷川正康 著 より

これは、まさにハイチロー(ご主人)の嘆き:自分歯史の世界!!

補足                                             

双歯: 2 本の歯
輔車:「輔」は車の添え木の意味で、一説には「輔」がほお骨で「車」が歯茎をさす。相互が密接に助け合い、一方が亡びれば他方が危うくなるような関係のたとえ。

閉じる